今朝の礼拝メッセージ。
 「見捨てる神」
マタイによる福音書
24章45〜53節

「私たちは、神の前で、神と共に、神なしに生きる」と言ったボンヘッファーの言葉があります。
 十字架上でのイエスの言葉こそ、その意味を具体的にあらわしているのではないでしょうか。

1.イエスは、苦しまれた。
 イエスは、父なる神の計画を知っており、十字架に向かわれました。それは苦しみの道であったことも知っていたでしょう。ですから、計画をしっていて、なお「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」とおっしゃったのです。

2.イエスの死は、神と人との関係を回復させた。
 イエスが十字架で死なれたとき、神殿の垂れ幕が裂けたことが記されています。これは、いままで神と人との直接の関係を持つことができないことの象徴でした。いま、この垂れ幕が裂け、神と人とが直接に関係を持つことができるようになったのです。


 私たちは、直接的に神の介入を感じないときがあるかもしれません。しかし、それに一喜一憂する信仰ではいけません。神がおられることを当然の前提にして、今を生きることが重要なのです。

礼拝メッセージ 14:33 comments(0)
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